障害を研究テーマにして大学院進学を考えている人へ

下記のメッセージは杉野の個人的な考えであり、
首都大学東京大学院のアドミッション・ポリシー等とは一切関係ありません。


2015年11月30日更新・杉野昭博

 杉野は2021年度で首都大学東京を停年になります。したがって、博士後期課程への進学をめざした前期課程への受入は2017年度が、前期課程のみの受入は2020年度が最終となります。

  博士後期課程への受入は2019年度まで可能ではありますが、以下に述べるように博士号取得までの実質的な期間を考慮すると2018年度をめどに終了する予定です。


博士前期課程進学(修士学位取得)を考えている人へのメッセージ


”discipline”選択の重要性

 修士学位をめざしている人は、博士学位をめざす場合よりも選択肢は幅広いと思う。たとえば「障害について研究したい」という関心であれば、社会福祉学のほか、社会学、教育学、経済学、法学など、さまざまな大学院で勉強することが可能だ。しかし、自分が「何学」を専攻するつもりなのかということは進学前に真剣に考えた方がよいと思う。たとえば「社会学なら何でも研究できる」といった言い方がされることもあるが、これは学部レベルで通用することで、大学院にはあてはまらないと思う。

 大学院では専攻する "discipline" (学問分野)が非常に重要になる。それぞれの学問には、固有の研究対象や理論視点や方法論があり、こうした「固有性」がそれぞれの学問分野の「縄張り」を規定するとともに、学術評価(つまり論文審査)の際の基本的な評価基準になる。したがって、自分が選択した"discipline"の基準に合致しない理論や方法論を用いれば論文審査で不合格になることもないわけではない。簡単に言えば、社会学の大学院で優れた社会福祉学論文を書いても、あまり評価されないといったことはあり得ることである。

 私が専攻する「障害学」はまだ発展途上の学問で専攻する人は少ないが、学際的研究なので、社会学者、社会福祉学者、教育学者、経済学者、法学者など、さまざざまな分野の人が研究している。大学院で障害学を研究したい人は、何人かの指導者を選ぶことができるが、それらの指導者の"discipline"が何か、自分はその"discipline"を専攻したいと思っているかという点はぜひ確認してほしい。

社会福祉学と社会学との違い

 私は「社会福祉学」を"discipline"とする障害学研究者であり、また、私が所属する首都大学東京大学院人文科学研究科社会行動学専攻社会福祉学分野は、社会福祉学の修士および博士学位を取得する専攻である。したがって、社会福祉学を専攻したい人が進学対象ということになる。

 社会福祉学と社会学の違いについては各自で勉強してほしいが、誤解を恐れずに簡単な例をあげると、両者の違いは、宗教学と宗教社会学との違いに似ているのではないかと私は考えている。仏教を信じていない仏教学者は存在しないが、宗教社会学は信仰の存在を前提にしていない。社会学は、一般には「価値中立」的であることが求められる"discipline"だろう。一方、社会福祉学は、「社会福祉」の価値、たとえば社会連帯や集合主義collectivism、あるいは、相互扶助といった価値を支持することが前提にある。このことは研究方法における相違にもつながってくるだろう。

社会福祉学における制度論と援助論の統合をめざして

 すでに社会福祉学にある程度親しんでいて、障害をテーマにしたいという人は、制度・政策論(マクロ)か、援助技術論(ミクロ)かという点で迷うのかもしれない。戦後の社会福祉学は、social policy研究とsocial work研究に二分されてきた。(平岡ほか著『New Liberal Arts Selection 社会福祉学』「序章 社会福祉学とは何か」参照)したがって、同じ障害研究でも制度論か援助論かで指導教授も違うし、進学先の大学院も違うということもあるだろう。

 しかし、私は社会福祉学が制度論と援助論に分離すると、社会福祉学としての固有性が失われると考えている。社会福祉学の制度論と、社会政策学や、政治学や社会学における福祉政策研究とを区別することは難しいだろう。一方、さまざまな障害についての療法研究などは、社会福祉学よりも医学や教育学の分野の方が盛んに行われている。社会福祉学が固有性をもつためには、制度論と援助論の両方の視点を持つことが不可欠であると考える。そういう意味では首都大学の社会福祉学分野はこじんまりしていることもあるが、制度論と援助論の両方に目配りできる数少ない社会福祉の大学院の一つだと思う。

社会人学生とdiscipline

 社会人で大学院に進学する人の多くは、自分のキャリアがすでに特定の"discipline"と結びついていることもある。たとえば、特別支援教育にかかわっている人は「特別支援教育学」という"discipline"があるし、障害者支援事業に関わっている人は「社会福祉学」に進学するという選択がまず浮かぶだろう。しかし、自分のキャリアと異なる"discipline"を選ぶ人も少なくない。「仕事」とは別に、自分がおこないたい「研究」によって"discipline"は選択されるからである。

 たとえば、自分の職場である特別支援学校を研究フィールドとしながらも、「障害者の母親に対する子離れ支援」といった研究テーマを設定した場合、教育学には進学しづらいかもしれない。幼児教育学などを除くと、教育学では「母親」は指導対象ではないからだ。「母子一体の支援」といった研究視点をもつ場合は、教育学よりも社会福祉学で研究した方が適切かもしれない。一方、社会福祉施設で働く職員にとっても、研究テーマによっては社会福祉学よりも教育学や心理学や経営学が適しているということもある。そうしたことを考えて進学の判断に活かしてほしい。

学修環境

 意外と修士課程で重要なのは、学修環境であるような気もする。同級生や先輩の存在は、私たちの世代にとっては重要だった。なぜなら昔は、指導教授以上に先輩方から指導されることが多かったからである。今は、どこの大学院でも「牢名主」のような「大先輩」はいなくなったと思うが、やはり多様な仲間と切磋琢磨できる環境が重要であり、そういう意味では社会人学生にとっては職場から大学までのアクセスなども重要な要件になるのではないだろうか。このことは案外、博士後期課程についてもあてはまるのではなかろうか。

 


博士後期課程進学(博士学位取得)を考えている人へのメッセージ


 修士学位だけでなく博士学位の取得もめざす人は、上記の"discipline"の判断がますます重要になることは言うまでもないが、そのほかにも考慮すべき問題がある。

お金と時間について

 日本のどこの大学院でも、昔に比べると大学院で研究を始めることはそれほど難しいことではなくなった。しかし、皮肉なことに、研究を完成させることは昔よりも困難になっていると言えるかもしれない。たとえば授業料をはじめとして、修士なら2年、博士なら3年間、両方なら5年分の経済的負担を考えなくてはならない。授業料自体は私学よりも国公立の方が安いようだが、私学には独自の奨学金制度などきめ細かい援助をしているところもあるので、どちらがよいかは一概には言えない。とくに博士課程の単位取得後、つまり博士後期課程の4年目以降については、国公立よりも私学の方が、きめこまかい院生支援がおこなわれている場合もある。こうした経済的負担については事前によく調べておくべきだろう。

 大学院生を指導する立場から見ると、とくに博士後期課程において経済的負担以上に重要なのは、研究時間がどれだけ確保できるのかという問題である。公式には、どこの大学院も後期課程の標準的な修業年限を3年としているが、3年間で博士論文を提出することなど、少なくとも障害福祉研究では不可能に近いだろう。私の印象では、博士論文を完成させるには、フルタイムの専業学生で、4年が標準だと思う。少し手間取れば5年かかってしまう。仕事をもちながら社会人学生として研究する場合は、個別事情にもよるが、標準的にはフルタイム学生の1.5倍程度の期間が必要と考えてほしい。つまり社会人学生ならば6年間で博士論文が完成できれば早い方である。

 ちなみに私は、ロンドン大学で博士論文を提出するのに7年間かかっている。最初の2年はフルタイム学生として、その後4年は日本の大学に勤務しながら、そして最後の1年は日本の大学から研究休暇をもらって再び専業学生として過ごした。私自身の計算式でフルタイム学生に換算すると、2+2.7+1=5.7年となり、フルタイム学生としてでも6年近くかかったことになる。

 とくに最近は多くの大学院で課程博士の提出期限を設けている。入学後5年ないし6年といった年限を設けている大学院が多い。このため、博士後期課程入学後に「ゼロから研究をスタート」することはあまり勧められない。入学する大学院の最長修業年限と自分の仕事の状況等を勘案して、標準4年ないし5年、万一遅れた場合でも6年以内に研究が完成できるというめどをつけたうえで後期課程に進学するのが合理的だろう。そのためには、入学前の段階で研究計画の7割程度が固まっており、そのうち2割程度はすでに作業が完了しているといった準備が必要なのではないかと思う。また、その程度の準備があれば、後期課程の入試での口頭試問でもしっかり答えることができるだろう。

 


杉野が指導している修士・博士の研究テーマ


「重症心身障害児者の脱家族・脱施設化についての一考察〜宝塚市肢体不自由児者父母の会アンケート調査を用いて〜」
  関西学院大学大学院 2010年度 修士論文

「障害学生が高等教育で経験する困難の質的研究〜学生生活と進路選択を中心に〜」
  関西学院大学大学院 2011年度 修士論文

「高次脳機能障害者の地域生活における家族ケア―家族の語りからの課題と展望―」
  首都大学東京大学院 2015年度 修士論文

「在宅知的障害者家族に対する相談支援の課題の探索的研究〜社会的ケアへの移行における促進要因と阻害要因」
   関西学院大学大学院 博士後期課程 2011-12年度

「アジア途上国における障害者運動の成果と課題 - タイとフィリピン事例から」
  首都大学東京大学院 博士後期課程 2013-年度

 


杉野が審査した博士論文テーマ


「韓国における障碍人運動の現代史―当事者主義の形成過程―」
  2011年度 立命館大学大学院

「林市蔵の研究―方面委員制度との関わりを中心として」
  2012年度 関西学院大学大学院

「糸賀一雄の研究―戦後知的障害児者福祉の展開と糸賀の業績・思想をめぐって」
  2012年度 関西学院大学大学院

「障害者の地域自立生活を実現する介助保障のあり方に関する研究」
  2012年度 熊本学園大学大学院

「障害の身体におけるコミュニカビリティの研究―芸術と日常の実践を中心に??」
  2013年度 筑波大学大学院

「貧困の政治」
  2013年度 首都大学東京大学院

「社会的包摂と身体―障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡る考察―」
  2015年度 

 


杉野の過去の研究成果と首都大学東京大学院(社会福祉学分野)の紹介


履歴と業績(Researchmapのサイト)

科学研究費助成事業成果報告

杉野の個人サイト(Disability Social Work)のトップページ

首都大学東京社会福祉学分野のHP

 


大学院進学についてのメール相談

e-mail :suginoa あっとまーく tmu どっとエーシーどっとジェイピー